「インドネシアの冠婚葬祭」とひとことに言っても、多民族多宗教のインドネシアにおいては多様性があります。今回は私が実際に見聞きした経験を元に、インドネシアの人々の生活に根付く文化を紹介します。
今回は、「インドネシアの冠婚葬祭」の「冠」と「婚」をテーマにご紹介します。 多民族・多宗教国家であるインドネシアでは、その習慣や儀礼にも多様性が見られます。ここでは、西ジャワ州での活動経験から見聞きしたスンダ族の慣習を中心にご紹介していきます。
【冠】誕生・成人などの通過儀礼
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新生児誕生とアザーン
イスラム教徒の家庭では、新生児が誕生した直後、父親が赤ちゃんの耳元で「アザーン」の一節を唱える慣習があります。アザーンとは、イスラム教における礼拝への呼び掛けであり、モスク(イスラム教の礼拝所)から1日5回、決まった時間に大音量で流されます。 新生児誕生の際の詠唱は、親からの最初の教育であり、赤ちゃんをイスラム教徒の家族として迎え入れる儀式的な意味を持ちます。
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アキカ(Aqiqah)
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割礼(Khitan)
イスラム教徒の男児は通常10歳ごろまでに割礼を受けます。これは成人への第一歩とされ、身体の浄化、信仰の証、社会への帰属意識を高める意味もあります。
いずれの儀式でも、親族、近隣住民、友人、仕事の同僚など多くの人を家に招いて食事を振る舞います。私もインドネシアに派遣されている2年間で、何度かこうした場に招かれました。「親族の友人の同僚」といった遠い関係でも温かく迎え入れてくれ、食事をごちそうしてくれました。
お祝いごとがあるたびに数十人分の食事を家族で準備し、片付けまでこなすという「おもてなしの精神」や、誰でも受け入れる門戸の広さは、イスラム教の教えに基づいたものだそうです。 訪問客はお祝いの気持ちとして、いくらかのお金を包むのが一般的です。
【婚】結婚式
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宗教と結婚の関係
インドネシアでは、国民は政府が認める6つの宗教(イスラム教、プロテスタント、カトリック、ヒンドゥー教、仏教、儒教)のいずれかを信仰していることが原則とされており、結婚は宗教に基づいてのみ成立します。各宗教の担当省庁にて婚姻手続きを行い、「婚姻証明証」が発行されて初めて法的に認められる仕組みです。そのため、異宗教間の結婚は非常に難しいとされています。インドネシアの方とインドネシアで結婚するために自身や相手の宗教を変えた、という日本人の話もよく耳にします。
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スンダ族の結婚式
西ジャワ州を中心に多く居住するスンダ族の人々は、イスラム教の宗教儀式とスンダ族の伝統儀式を組み合わせた「ハイブリッド型」の結婚式を行うことが一般的です。
以前農園で働いていた元実習生のダダンさんの結婚式に参加した様子をレポートします。
早朝、新郎家族が自宅に集まってから車で行列になって会場である新婦宅に向かうところから一日が始まりました。車の行列は20台以上にもなりました。このとき、めいめいにお菓子や日用品、ぬいぐるみ、洋服などのお土産の品を持ち寄ります。会場に到着するとすぐに、スンダ族の伝統的なダンスやコメディのパフォーマンスが始まります。
パフォーマンスが終わってすぐ、新郎新婦は宗教指導者の立会いのもとで結婚契約を結ぶ儀式を行います。新婦の父が婚姻を承諾する旨を表明し、新郎が受け入れ、婚姻証明書(Buku Nikah)に署名をすることで、宗教的・法的に正式な結婚が成立します。この時、新郎から新婦へ金や宝石など価値のあるものが結婚贈与として送られます。粛々とした儀式の中で、結婚という大きな節目を迎えたことをかみしめるように涙していたダダンさんの姿がとても印象的でした。
婚姻儀式が終わると、親族、友人・知人に限らず近所の人々など大勢の人が参加する披露宴が行われます。新郎新婦と一緒に写真を撮ったり、振る舞われるビュッフェ形式の食事をとったり、バンドの演奏や日本の餅投げに似たアクティビティを行ったりしました。餅投げはサウェラン(Saweran)と言い、ステージ上から新郎新婦によって投げられる小銭やお菓子を参加者が必死に拾い、大盛り上がりでした。小銭は将来の経済的繁栄を、お菓子は幸福を象徴し、新郎新婦や家族、出席した人々の豊かな将来を願う意味合いがあるそうです。
日本の結婚式と大きく異なる点として、ゲストの来退場時間が決まっておらず、各人が自分の都合に合わせて訪れ、挨拶と写真撮影、食事を済ませたら帰るという自由なスタイルが一般的です。そのため、招待されていない通行人が普段着で食事だけ立ち寄るというような、日本ではあまり見られない光景もあります。また、日本のようなビデオレターや余興などの新郎新婦および出席者による「出し物」はなく、全参加者が一堂に会する時間帯もほとんどありません。とはいえ、一般的にも数十~数百名という多くの人が参加するため、会場はとても賑やかな雰囲気に包まれます。 -
スンダ族の結婚衣装
新婦はインドネシアの伝統衣装「クバヤ(Kebaya)」を着用します。レース生地で身体にフィットしたドレスが特徴で、頭には金属製の豪華な王冠「シゲル(Siger)」を着け、非常に華やかな印象になります。着付けやメイクにはとても時間がかかるそうで、新婦さんは早朝から準備をしていたと話していました。
新郎はスンダの貴族階級を模した伝統的なジャケットスタイル(Baju PangsiやBeskap)で、腰には「サロン(Sarung)」と呼ばれる腰布を巻きます。勇気と誇りの象徴として、短剣(Keris)を腰に差す場合もあります。
新郎新婦ともに白やクリーム色を基調にした色合いが多く、婚姻の神聖さを表現しています。参列者も女性はクバヤ、男性はろうけつ染めの伝統衣装、「バティック(Batik)」を着ることが多です。新郎新婦の希望によっては、参列者の衣装にテーマカラーが設けられることもあります。都市部では、近年西洋スタイルのウェディングドレスを選ぶ新婦も増えてきていますが、伝統的な形式の結婚式は今も広く行われています。