私が実際に見聞きした経験を基に、インドネシアの人々の生活に根付く文化を紹介します。今回のテーマは「インドネシアの冠婚葬祭」の「葬」。多民族・多宗教のインドネシアにおいては、冠婚葬祭にも多様性があります。
前編では、インドネシアにおける「【冠】誕生・成人などの通過儀礼」と「【婚】結婚式」についてご紹介しました。今回はその続編として、「【葬】お葬式」に焦点を当てます。
多民族・多宗教国家であるインドネシアでは、葬儀の形式や慣習にも多様性が見られます。
この記事では、西ジャワ州での活動を通じて知ったスンダ族の慣習を中心に、インドネシア国内旅行にて見聞きした儀礼の様子をご紹介します。
【葬】お葬式
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西ジャワ州におけるイスラム教徒のお葬式
ある日、同僚の先生から「明日、親戚のお葬式に参列するけど、あなたも来る?」と誘われました。故人とは全く面識がなく、イスラム教徒でない私が参加してもいいのかと心配になりましたが、「いいの、いいの!」と気軽に誘ってくれたのが印象的でした。
翌日、故人のご自宅に到着すると、ご遺体はすでに洗体され、「カファン(kafan)」と呼ばれる白い布で包まれ、居間に寝かされていました。インドネシアにおいて幽霊が「白い布に包まれて顔だけが出ている姿」で描写されるのは、この風習が背景にあるようです。
遺体が墓地に運ばれる準備が整うまでの間、親戚や近所の人が次々に集まり、祈りを捧げていきます。出発の準備が整うと、遺体は救急車で墓地まで運ばれ、参列者が車やバイクでその後を追っていきます。(「救急車で?」と思われるかもしれませんが、これはインドネシアでは一般的な方法のようです。)
墓地に到着すると、すでに1×2メートル、深さ2~2.5メートルほどの墓穴が掘られていました。墓石はまだありません。ご遺体はすぐに墓穴に納められましたが、深さがあるため、穴の上と中から支える人たちの息の合った動きが求められる作業でした。この際、ご遺体の顔がメッカの方向に向くように埋葬されるのが慣例です。
埋葬が終わると、墓に向かって祈祷が行われ、葬儀は終了します。日本のように通夜や火葬が行われないためか、式は非常に迅速に進み、早ければ亡くなった当日に埋葬が済むこともあるそうです。
このようなお葬式はイスラム教徒の間では一般的ですが、同じジャワ島内でも宗教によって葬儀の形式は大きく異なり、独自の方法で葬儀を行う民族も存在します。 -
スラウェシ島トラジャ族のお葬式
トラジャ族とはスラウェシ島に住む山岳少数民族で、多くの人々がキリスト教を信仰していますが、生活様式には土着のアミニズムが色濃く残っています。トラジャ族のお葬式は、その規模と儀式の特異性から、国内外の観光客からも注目を集めています。
トラジャ族は、死を「魂の旅の始まり」と捉え、葬儀は故人をあの世へ送り出す重要な儀式と考えています。そのため、亡くなった家族の遺体は防腐処理を施されたうえで家屋内に安置され、数カ月~数年間にわたって生活を共にします。
葬儀は大規模に行われ、特設の会場には村中から数百人もの参列者が訪れます。儀式では、水牛や豚が何頭も供物として捧げられ、伝統的なダンスや音楽が披露されます。
私がトラジャ族の村を訪れた際も、村の有力者の家族の葬儀が行われており、見学させてもらいました。数百人の参列者に加え、楽団や踊り子、国内外の観光客も集まり、お祭りのようなにぎやかな雰囲気がとても印象的でした。
葬儀後の埋葬方法も特徴的で、村の近くにある岩壁に掘ってつくられたお墓に安置されます。社会的地位が高い人ほど、お墓の位置も高くなるとされています。宗教や民族によって、故人に対する弔いの方法がこれほどまでに異なるのかと強い衝撃を受けました。同時に、多民族・多宗教国家であるインドネシアの文化の幅広さと奥深さを改めて実感する体験でした。